犬と家とバツイチ

犬を育てています。人生と暮らしと結婚生活の弔いについて

犬と過ごす一日

普段いつもいつもひとりで留守番させられている、人間も犬も猫もなんでも大好きな寂しがり屋のうちの犬の人生をすこしでも楽しいものにしようプロジェクトの一環で、月に一回ノーズワークというアクティビティに参加しています。ドッグスポーツの一種で、においで食べものを探し当てるゲーム。

 

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前日から持っていく牛肉(テストの結果彼のモチベーションがあがるターゲットは牛肉ということになった、なまいきな)を買ってゆでてタッパーにつめてるとなんか子どものためにお弁当作ってる錯覚におちいる。普段は子どもというよりは友達というか家族というか仲間って感じなんだけども。群れのチームメンバーみたいな。

 

まずは近日中に予定している麻酔検査のための術前血液検査を同じ建物の動物病院(というより犬の教室が病院に入ってるかたち)にて午前中に行い、午後にそのままワークして、夕方から2人で友人の誕生日パーティー向かってちやほやされて、夜中に帰宅。丸一日一緒に出かけてくたくたになって夜ぐっすり寝てるところを見ると、普段ひとりぼっちにさせている罪滅ぼしが少しでもできたような気がしてそんなところもちょっとシングルマザーの錯覚に陥る。

 

外に連れ回したこともお金払って習い事させたことも検査もパーティもそもそも彼と暮らしていること自体も全部わたしのエゴエゴエゴなのだけど、何がなんだかわからんがなんか楽しかったなって少しでも思ってくれることがあればよかったなっていい一日になったなって思う。

 

わたしを好きでいてくれてありがとう!

さみしさの必要性

ホームパーティって最高だと思うのね

 

みんなが来てくれてお話ができてお酒のんだりおいしいもの食べてめいめいの人生を交換して、お店よりぐっと経済的でしかも私はその場で帰れる。家だから。

 

うちに来たからにはお世辞でも犬かわいいって言ってくれて犬も人がたくさんいて嬉しそうでたまに芸してちやほやされて

 

ホームパーティのホストをやると、もれなくわたしも犬もお手軽にちやほやされる。家買ってすごいね、犬飼っててすごいね、え、結婚してたの。なんだかんたちやほやしてくれるけど、結局みんな自分のお家に帰っていくのね。あたりまえだけどね。

 

一緒に住んでくれる人が欲しいというわけでは全くないんだけど、それでも本気でうちがいいって思ってくれるといいなって思ってるのかな、それってつまり自分の思考を後押しして欲しいのかな。ダサいな。

 

みんな来てくれてありがとう

ホームパーティ目標月一以上、4月から継続中

 

記念日

私は人並み以上に記念日というものが好きなようで、思い返せば小学生のときから、日付に敏感で人生の振り返りばかりしてた気がする。それが高じていまのブログにつながっているので、たぶんこれは趣味に近い。子どもの頃と違って人間ってすぐいままでのこと忘れちゃうなって人生が長くなればなるほど思う。

 

私はいわゆる恋愛関係が長続きしたことがなく、冗談みたいな関係をぽつぽつ繰り返すばかりで付き合った記念日というものを迎えたことがなかったので、「記念日を過ごす」というものになんとなくアコガレがありました。挙句なし崩しに関係を持った、付き合った日の定義ができない男と結婚して、ようやく得た結婚記念日をそれはそれは自分なりにかわいがっていたのだけど、実質純粋なそれを迎える前に破綻からの離婚したので、結局人生でいわゆる「記念日」を過ごしたことがなくいまに至るのでした。

 

かわいがっていた結婚記念日を、結局いちども純粋な気持ちで祝うことのできなかった結婚記念日を今更ひとりで祝っていたらさすがにどうかと思うので、なので私にいまあるのは離婚記念日だけなのです。離婚記念日を意識しまくってるのって離婚したこと意識しまくってるすなわち結婚を意識しまくってるみたいでどうなんだろうって自分でも思ったけど、まぁそれはたぶん遠からず事実だし、なによりいま目の前にあるものを楽しまなかったとしてなにか代わりに得られるわけではないので、私は今日夫と通った大好きなお店で離婚記念日を祝うことにしました。たとえ明日が健康診断でもね。

 

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独立1周年を祝して。

 

並ばなくても腸粉が食べられるお店

https://s.tabelog.com/tokyo/A1303/A130303/13210423/

 

8年ぶりに添好運で腸粉食べて感動してすぐに腸粉出してるお店を見つけてしまいました。並ばないしお値段も良心的。

 

渋谷からだとけっこう歩くので代官山行ったついでがオススメです。腸粉が底に沈んでる土鍋類も最高においしかった。元夫としか来たことがない街が、少しずつ減っていく。

「誰を好きか」より「誰といるときの自分が好きか」が重要らしいよ

©️蒼井優

 

結婚会見がかわいすぎて全部見てしまった!

好きになれる自分でありたい

 

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写真はなんで日本で流行らないのかまったくもって理解できない腸粉です。東京では添好運にがんばって並ぶと食べられます

友人の失恋

友人が失恋した。だいたいの顛末(と、わたしは思っている)を聞いた。自分の離婚の起承転結を思い出した。悲しみにくれている友人が目の前にいるのに自分のことばかり思い出している私は本当に自分軸でしか物事が考えられないんだなと再確認した。

 

どうやって彼をなぐさめていいのかわからなくて、自分軸でどう慰めて欲しいかを考えてもわからなくて、私だったら、の話をたくさんした。彼が助けを求めたその他大勢はきっとその対象をひどく罵るだろうなと思った。相手の将来が暗くあれと呪うだろうと思った。客観的には同じ感想を抱いた。でもそんなこと言えなかった。だって友達の愛したひとだから。なんであろうと、どうであろうと、その人が好きで好きで仕方がないんだから。

 

彼がどうしたらいいのかわたしにはわからない。たぶん誰にもわからない。同じように、わたしが今後の人生をどう生きたらいいかもきっと彼にも誰にもわからない。だけど友人が悲しんでいるのを見るのはとても悲しい。彼が幸せになったらいいと思うけど、つまりわたしにも誰にもそれをすることはできない。誰にもどうすることができないけれども、ほんの少し時間軸が先輩であるわたしは悲しみにくれる友人のひりひりとした悲しみをじっとみていることはなんとかできる。失恋に最適解はないけれど、友情はそれより少しだけシンプルだ。

 

いいはなし

https://note.mu/yousay/n/nb202b4f3c1ae

 

ひょんなことから知ったこのお二人の生活はわたしのほぼ理想の筆力で理想の生活を理想的に描写しており(もちろん恵まれているという意味ではなく人間レベル的な意味で)同じようなタイミングで同棲、結婚をしたことめありいつも何かが発表されるごとに愛読していました。こういうのってファンっていうんだろうな。

 

今回のこの記事があまりにわかりすぎて当時単身赴任に行った夫と別居しているという事実が非現実すぎてなにより当時間違いなく双方がそう思ってたという確信を持てる大切な思い出を思い出させてくれて本当にありがとうございました。そうそう、こんな感じだったな。たとえもう二度と増えなくても大切なわたしの思い出はわたしだけのものだ。